レッドクリフ公開で赤壁ブームらしい

 
ですが、ここではチラシ裏らしく天邪鬼に三国時代後期の小説など紹介したりしてみる。
 
そういえば、映画を観たと思しき方がレッドクリフの帯の付いた吉川三国志を買っていくそうですが
何故か 1 巻 し か 減 っ て ま せ ん 。
これだからニワカは…せめて赤壁までくらい読めやw
ところで周瑜役をニートが演じてるて聞いたんだけどマジ?
 
 
ぼっちゃん 〜魏将・カク昭の戦い〜
河原谷創次郎 著

 
三国志を彩る周瑜曹操劉備関羽張飛といった英雄達は死んだ後の話。孫権はまだ存命だが。
郝昭(カク昭)という魏の渋い名将にスポットを当てた小説。
キラ星の如く並び立つ勇将・知将の中で敢えて知名度の低い一将軍に光を当てている。
しかも主人公となるべき将軍ではなく、その息子の視点で書かれた作品は珍しい。
故にタイトルが「ぼっちゃん」。
因みに第十二回歴史群像大賞最優秀作品賞を受賞している。
 
 
カク昭といえば陳倉攻城戦。228年 街亭の戦いでの敗北により第一次北伐に失敗した蜀の諸葛亮は、第二次北伐として陳倉に侵攻。
対する魏の大将軍・曹真はカク昭に陳倉城の防衛を命じた。
諸葛亮は新開発の攻城兵器で城を攻めたがカク昭は千人余程の寡兵で二十数日を守りきり、蜀軍は兵糧が尽きて撤退している。*1
 
実は正史にカク昭の伝はない。
魏書蘇則伝に涼州時代のエピソードが書かれているが、他には本編中の北伐記に魏略より引用としてカク昭の履歴と陳倉攻城戦に関する注釈と逸話がいくつか添えられているにすぎない。
カク凱も、カク昭が一子として名前が記載されている程度である。
 
陳倉攻城戦より帰国後程なくして洛陽にて病没したが、カク凱に「生者のみ居場所が要る。死者に居場所は必要無い。自分は墓を暴いて武器の材料にした事もある。自分が死んだら衣装はそのままで(洛陽は先祖代々の墓から遠いが)好きな場所に埋葬しろ。」と遺言を残した。
 
カク昭が病死すると魏は後任不在のまま城を放棄し、陳倉は蜀の領土となった。
病に倒れた隙を突いた諸葛亮が陳倉城を急襲して落とした、というのは演義の創作である。
 
 
史実についてはこれくらいにして、小説自体の完成度は高い。
三国志上級者にお薦め。中国史を踏まえた会話や軍議・戦闘等の再現度もかなりのもの。
大将軍府軍議での曹真の棊弾や、曹叡の吃音なんていう細かいとこまでよく拾ってる。
呼び名も当時に習い官名や字(あざな)で表記されており*2
諸葛亮孔明」というような創作表現はない。
人間関係で呼び方が変わるので、よく読んでいくと武将同士の繋がりもすぐに判る。
 
 
蜀軍の名のある武将は誰も出て来ない。攻めてくるのは雑兵ばかり。
総大将・諸葛亮が最後にちらと姿を見せるのみで、容貌も表情も一瞬しか窺い知る事は出来ないが、逆にそれが城外の見えない敵と戦う篭城戦の、えも言われぬ不気味さを醸し出している。
蜀ってこんなに強かったか?、と思わせるまでに。
連弩がトラウマになりそうだ。
 
最後に見せた「ぼっちゃん」の勇姿、そして静かなる終焉。
局地戦が題材なだけに物語としては至極単純だが、その分深く掘り下げた書き方が印象に残る。
三国志を扱った小説としては、サブストーリー的な意味合いを多く持つので初心者には敷居が高いかもしれない。
特に蜀ファンには間違ってもお薦め出来ない。が、読みごたえは充分。
著者の二作目にも期待したい。
 
 
ああ、もう一冊合わせて紹介するつもりだったのだが、長くなったのでまた今度。
 

*1:魏書明帝紀の注・魏略による

*2:例・夏侯護軍(夏侯儒)徐元直(徐庶