新ジャンル・書店落語

 
えー昔々、江戸時代において商売というものは、業種毎に寄り集まって商いをしていたそうで。
例えば魚屋さんは魚屋さんで、八百屋さんは八百屋さんで。一箇所に固まっていた。
神田なら古本屋とか、秋葉原はヲタ屋さんとか。そりゃ違うか。
 
今は百貨店なんてぇものがありまして一つの店でなんでも売っているなんてことがごく当たり前ですが、当時はそうじゃなかった。
まあ百貨店ったってホントになんでも売ってるわけじゃあない。
お客にしてみりゃそんな事ぁ知ったこっちゃない、無理難題を吹っかけてきます。
 
客「店員さん、なんかこう…パーッと楽しくなるようなもんはないかねえ?」
店員「そうですねえ、DVDとか、本なんていかがでしょうか」
客「いや、ほら、アレだよ、吸ったりするヤツとか」
店員「タバコですか?一階食品売り場の嗜好品コーナーにございます」
客「違う違う。タバコに混ぜたりするアレだよ」
店員「あー成る程。アレでしたら当店ではなくて系列店にございます」
客「行き方を教えてくれ」
店員「はい。まず一階から外に出て駅へ向かいます」
客「ふむふむ」
店員「電車に乗って成田まで行って、オランダ行きの飛行機に乗って当店のオランダ支店に行くと売っております」*1
客「そうかよしわかった。あんがとよ」
 
千鳥足で店を出て行ったあのお客様、今頃どうしているでしょうかねえ。
 
ちょいと枕が長くなりましたが、そんな百貨店の中にある本屋さんの噺をひとつ…
 
 
いやあ今日は珍しくヒマだねえ。本の入荷も少ないしお客も少ない。ついでに売り上げも少ないときたもんだ。
このまま平和に一日が終わってくれりゃあいいんだがねえ…っとお客が呼んでやがる。
へいらっしぇい、じゃねえ。いらっしゃいませ、なにかお探しでしょうか?
 
ほう…ちょっと変わった本を探してる?
へえへえ、ここにはいろんな本をお求めのお客様がいらっしゃいますからねえ。
18禁の本は生憎置いていないんですが。置きたいのはやまやまなんですがなんせ「でぱぁと」ですから。
え?18禁じゃない。そりゃ失礼致しました。
んで書名はお判りですか?いえね、世の中にぁタイトルも著者名も出版社も何にも判らないけど探してくれ!
なんて難題を持ってくるお客様も多いもんで、へへ。
 
書名はメモに書いてきた?そりゃ助かります。
なになに
『ドンタコスとゆかいな仲間たち:驚異の人体実験・食中毒への道 逆噴射カメムシ*2…ですか。
 
いやあそれは流石にちょっと当店にも……ああ、やっぱりもう13冊しか在庫が残ってないや。
え、1冊でいいって? 毎度ありィ! じゃねえ、毎度有難うございました。
 
どうもこの丁寧口調じゃァやりにくいねえ。だいたい三波春夫のヤツが
「お客様は神様でございます」
なんてやらかして以来どうにも調子狂ってしゃーないマッタク。
 
 
朝イチからケッタイな本をご所望のお客様も来るもんです。蓼食う虫も好き好き。十人十色とはよく言ったもので。
まあなんですな、間違ってもお客様の欲しい本にケチをつけるなんてェ野暮な真似だけはしたくないものでございます。
 
 
おっと今度は外線電話が鳴ってるね。ヒマだからたまにァ出てみるか。
はい。こちら金満デパート七階・死筋書店でございます。
本のご注文ですね。書名をお願い致します。
え…お客様…こちらは書店であって風俗店でも私立探偵でもないので、いきなり「チ○ポ!盗聴!」と叫ばれても困るのですが…
あ、ああ真保祐一の『盗聴』ですね失礼致しました。
で出版社は…ふむふむ『小社』ですか。
お客様、そのテのギャグはもう使い古されてお…ギャグじゃない?この書評欄に確かに『小社 刊』と書いてあるって?
参ったね。このお客さん天然だよ。
それでは入荷しましたらご連絡差し上げますので…はい。どうも有難うございました…チンっとくらァ。やれやれ。
 
 
これがまた結構多かったり。『カクセン書店』の本ありますか?なんて聞かれて、よくよく聞いてみると『角川書店』の事だったりなんてのはしょっちゅう。
なにもお客様だけに限った事ではありません。書店員のモラルもどうかと思う事もあったりなかったり…
 
 
おお、パートのオバちゃん。なんだい血相変えてどうしたね。
なに!作家の立川●志(仮名)*3がたった今亡くなったって?
こりゃてぇへんだ。こうしちゃいられねえ…
あーもしもし。絶望出版さんですか? 立川(仮名)さんの書いた本、まだ在庫ありますかね?
んじゃあるだけ全部注文お願いします。っと。
よーし、ほんじゃオバちゃん、談志(仮)追悼コーナー作るからPOP書いといてね〜
人の不幸は銭の味〜。本屋さんァ〜ヤクザな稼業っとォきたもーんだッ♪
 
 
酷いもんでございます。書店員の悪しき習性ですな。
不況とはいえ売れりゃなんでもいい、ってな風潮はなんとかしたいものです。
しかしこんな美味く…いえ上手くいくケースは稀でして。
たいがいは全国津々浦々の書店から注文が殺到して、ニュース速報の出た5分後には全点品切れ、なんて事が殆ど。
若しくは電話かけてもずーっと話し中…何度かけても話し中。テレクラかよ、と思いつつ1時間かかってやっと繋がった、と思ったら
「ホンジツノエイギョウウケツケハシュウリョウイタシマシタ」
どうやらテレクラじゃなくてチケットぴあだった様で。
 
 
おっと、なんだか気難しそうなお客がきたよ。たいていこのテのお客は小難しい本を注文してくんだよねえ。
あ、はい、なんでしょうかお客様。
本のご注文ですね。少々お待ち下さい。
ほぅらきた。
書名は…あ、3冊共に暗記してきた?そうですかそうですか。ではお願い致します。
…ええと繰り返しますね。
 
『子どもへの贈りもの。くしき改心の記憶。数人の子どもたちのけだかく模範的な生涯とそのよろこばしき死の物語。巻末に幼い子ども用の祈りの文句を附す』
 
でお間違いないですね。
もう一冊が
 
『遭難して他の船員が全滅した中で唯一助かってアメリカ海岸オリノコ河の河口近くの無人島で28年間たったひとりで生き抜いたヨーク生まれの船員ロビンソンクルーソーの生涯とその驚くべき冒険。海賊に発見されるまでの一部始終を彼自身が書き記した』*4
 
…ですね。
 
そして最後が…なんでしたっけ?
 
客『千八百九十六年五月四日にパリで補足され、千九百八年十一月十三日にベルリンで改正され、千九百十四年三月二十日にベルヌで補足され並びに千九百二十八年六月二日にローマで、千九百四十八年六月二十六日にブラッセルで、千九百六十七年七月十四日にストックホルムで及び千九百七十一年七月二十四日にパリで改正された千八百八十六年九月九日の文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約についての要約』*5です。
 
ああ、『千八百九十六年五月四日にパリで補足され、千九百八年十一月十三日にベルリンで改正され、千九百十四年三月二十日にベルヌで補足され並びに千九百二十八年六月二日にローマで、千九百四十八年六月二十六日にブラッセルで、千九百六十七年七月十四日にストックホルムで及び千九百七十一年七月二十四日にパリで改正された千八百八十六年九月九日の…
 
っと、あんまり長ぇから閉店時間すぎちまったい。
またのお越しをお待ちしとりゃーす。
 
 
 ※この日記はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。ありませんってば。
 

*1:オランダでは大麻は合法。他のクスリは知らんが。

*2:九天社・刊 2004/03出版 \999

*3:談志が死んだ。なんつったりしちゃったりしちゃって(広川太一郎風)

*4:『ロビンソンクルーソーの冒険』原題

*5:多分書籍としては現存しておりません